「学校に行かない」って公衆の前で断言して、それに対する批判をさらに攻撃する…この子は本当に小学生?
親に毒されたの?
それとも小さなころからネットで遊んでいたからモラルが年相応に成長できなかった?
もうなんか信じられない。
この子が社会的に許されて野放しになったら日本はそれこそ終わってると思う。
学校に行かない、という今まで社会で良しとされなかった存在を、Youtubeを使ってビジネスに生かしたのは良いと思います。ただ、ちょっとしたところでの言動などはまだまだ子供といった感じです。
その名の通りYouTube界の少年革命家である。
本人はまだ子供である。多様な人間の集団の中で様々なことを学び人格を獲得形成するこれから数年間の時期を大事に過ごす必要がある。具体的には学校に行くことである。
お父さんの操り人形
見ていて面白くないもしくは不快な煽りをするし、このような思想の人が発信するのは良くないと思う。考えたら分かる。
革命をワガママと履き違えている。
ネットでも勉強はできるから学校に行く必要はないと言ってる時点で何も学べていない。
行きたくても行けないような、特定の理由がある人とは違う。
周囲の大人も極端すぎ、脳科学者とか。
人間が生きていくには一般常識も必要です。
特定の地位や金があればそこをカバーできるだろうけど、あれだけニュースになっても10万人程度のチャンネル登録者数では、10年後どころか5年後も怪しいポジション。
上記を踏まえた上で、特に面白くもない話題性だけの動画。
ヤケになって炎上&迷惑系YouTuberならなければいいけど。
陽キャでコミュ力があり、思ったことを物怖じせずにハッキリ言うタイプなので、上手くいけば日本を代表する実業家になると思う。最低限の学力を身に着けて自分でビジネスをやってみて欲しいなと思う。
2020年の年収
603万5227円
批判してる人はこれが見えないのだろうか?このサイトに描いてある情報なのだが
彼が生活保護を受け取るような人間になる!と主張してる馬鹿がいるがこんだけもらえてればその心配はないだろう。
偉そうに彼の行末を指示してるやつもいるが彼のyoutubeの収益を超えてからにして欲しいものである。
⚫︎子供なりに色々と考えを持って頑張っているのは分かるが、誹謗中傷をするなと公言しておきながら他活動者に対し過激な発言をしているところがいただけない。
⚫︎度々炎上商法で話題になろうとしているところが受け付けない。
⚫︎利己的な大人に利用されてる感が否めず、痛々しく感じる。
⚫︎どうしても父親に操られている・父親の考えに大きく影響を受けているように感じ、自分の意思決定も結局は父親の顔色次第なのだろうなと思えるので見ているとツラい気持ちになる。
結論、本人と言うよりも親や取り巻きの大人が良くない。
本人のイメージに大きな影響を与えている。
ゆたぼんは動画配信サイトYouTubeにおいて、歌唱や舞踏を行う動画配信者として頭角をあらわし、2018年夏ごろから勢いを強め、2018年8月19日の動画「不登校は不幸じゃない」を皮切りに、動画配信産業において活躍した。内憂外患の日本情勢下で彼が希望していた教育機会の多様化が、相次ぐ取材を経て世論から認められている。自信を天才と表現し、自身の理念を守るために周辺生徒をロボットと形容。世の中のありとあらゆる道理に関して常に疑問を抱くように警告を行い、13万人にも及ぶ支持者を得ている。
動画スタイルはチャンネル名の革命が示す通りルサンチマンであるが、あくまでマルクス主義的革命やプロレタリア革命にこだわるのではなく、児童の教育からの解放を第一理念に掲げている。男性格闘家である斎藤光氏は彼に対し、「耳が痛くなることを言う人がアンチなのではなく、君に耳ざわりの良いことを言う人こそ真のアンチ」と発言するなど、彼の思想に対する論争は著名人をも巻き込んだスペクタクルなものと化している。
また、彼の初期の動画においては、ルサンチマンとは一線を画す、資本主義的大量生産品の飲食を含むものが多くみられる点などから彼の思想に懐疑的な見方もあるが、あえて資本主義的要素を動画に盛り込むことによりそれらに対するアンチテーゼとして機能しているという見方もできる。
不登校を武器にしているが、実際は視聴者を煽ったり釣ったりして再生数を稼ぐいわゆる炎上系YouTuber。
動画の内容が薄いので知名度の割には登録者や再生数は多くない。
学童達を「ロボット」と度々非難していることで有名。しかし、当の本人は学校に通っていないので学童が「ロボット」かどうか判断する機会すら失っているのが事実である。
上記のように、本来判断する機会すらない事柄に対して私見を述べている姿に違和感を覚える視聴者が後を絶たず、彼は親に洗脳されているロボットになっているのでは?というのが世間の印象である。
彼を自身を攻撃する人も多いが、彼はまだ未成年であり、全ての責任は親にあることは忘れてはならない。
今必要なのは彼を攻撃することではなく、親のせいで道を踏み外した未成年を受け入れる社会作りである。